2013年7月22日月曜日

日本の中堅企業、その競争力と成長の条件:英報告書~日本中堅企業の特色

_



JB Press 2013.07.22(月)  Economist Intelligence Unit
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38254

日本の中堅企業 その競争力と成長の条件
英EIU報告書(1)~日本における中堅企業の特色

■はじめに

 零細・小規模企業には、起業家精神を体現する存在としてメディアの関心が集まることが多く、様々な政策的支援も行われている。
 こうした傾向は、日本でも他の先進国と同様に見られる。
 一方、大企業は自らの成功と影響力を活かしてメディア露出の機会を多く作り出すとともに、主要産業団体や業界内外で大きな発言力を発揮している。

 その狭間にある中堅企業の存在は、ともすれば見過ごされてしまうのが現状だ。
 しかし日本の中堅企業は、労働人口の約4分の1を雇用し、総売上高の約3分の1を占めるなど、
きわめて重要な経済的役割を果たしている。

 本報告書では、中堅企業の定義を世界全体で10億円から1000億円の年間売上高を持つ企業と定めた。
 これは、企業の経済活動や産業構造等に関する最新の公的データや、約130万社を対象とした民間データベースなど、様々な情報の分析を行った結果定められたものだ。
 またこの定義は、ヨーロッパ諸国や米国で主に用いられているものと大枠で一致している(相当する収益額を日本円に換算した場合)*1。

*1=この定義を用いた研究の例としては下記の2つが挙げられる:US middle-market firms and the global marketplace, Economist Intelligence Unit, 2012, The Mighty Middle: Why Europe’s Future Rests on its Middle-market Companies, and Leading from the Middle, The Untold Story of British Business, GE/Essec Business School, 2012.

 年商10億~1000億円という範囲には、日本経済の将来を左右する様々な業種や事業形態の企業が存在している。
 規模が比較的小さな中堅企業の中には、様々な産業で最先端の取り組みを行う革新的な急成長企業が含まれている(個人事業主や家族経営のサービス企業など、日本に数多く見られる零細企業は対象外)。
 若い起業家が経営するリブセンスやオイシックスなどの新興企業はその一例だ。

 また比較的規模の大きな中堅企業の中には、ハニーズやナカシマプロペラなど、各業界で主導的なポジションを確立している企業も少なくない。
 本報告書では、こうした企業が日本経済の中で果たす役割、直面する課題、将来的に大企業となる可能性といった点について検証を行う。

********************

■国際的にも高いレベルの生産性

 日本の中堅企業が全企業数に占める割合は、2.1%と比較的少数だ。
 しかし総従業員数の4分の1以上、そして総売上高の約3分の1を占めるなど、日本経済の中できわめて重要な役割を果たしている(表1.1~1.3参照)。


 主要先進国と比較すると、中堅企業の従業員が労働人口に占める割合は若干低い(大企業が持つ圧倒的な雇用能力が影響を及ぼしていることは想像に難くない)。
 だが興味深いのは、生産性つまり従業員1人あたりの売上高が、他の先進国より優れている点だ(表1.4参照)。


■大企業と比べて柔軟な対応能力

 今回エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)が実施した調査によると、日本の中堅企業の多くは安定した経営基盤と市場ポジションを確立しているようだ。
 調査対象企業の中で10年以内に創業された企業はわずか7%にとどまり、創業11~50年の企業が58%、創業50年以上の企業は35%を占めている。

 また中堅企業の多くは、日本が近年直面した経済的問題に対しても柔軟な対応力を示している。
 2008年から2011年にかけて、日本経済はリーマンショックや東日本大震災など様々な非常事態に直面した。
 しかし、同期間に日本の大企業が経験した平均収益の落ち込みは10%に上っているのに対し、中堅企業では7.5%にとどまっている(表1.5参照)。


■雇用レベルの維持は大きな課題

 一方、日本の中堅企業は雇用面で課題に直面している。
 2008年から2011年にかけての平均従業員数は、大企業で5%減にとどまっているのに対し、中堅企業では14.5%減と大幅に落ち込んだ。
 この数字からも、利益維持のためにコスト削減面で厳しい決断を迫られた中堅企業の姿が浮き彫りになっている。

 同時期に最も良好な数字(9.3%増)を示したのは、個人事業主を除く小企業だ。
 これは、厳しい経済情勢の中で、多くの労働者が新たな雇用先を求めた結果だと考えられる。
 また多くの小企業は、事業規模のより大きな中堅企業が対象とならない政府支援策(特に景気低迷が深刻化した近年に多く見られた)の恩恵を受けた可能性が高い。

■変化を遂げる中堅企業の産業構造

 国内中堅企業の産業構造を見ると、製造業が占める割合は4分の1超に上っている。

 それに次いで多いのは、金融・専門的サービス*2・建設・不動産・IT・テクノロジー・電気通信といった業種だ(表1.6参照)。


*2=専門的サービス=専門知識を必要とするサービスの総称(例:弁護士事務所・会計事務所・コンサルティング企業・人材会社・PR会社など)

しかし中堅企業の産業構造は変化を遂げつつある。
 創業11年以上の企業で見ると、製造業は最も大きな割合を占めているものの、創業10年以下の新興企業を見ると上位3業種に入っていない(表1.7参照)。


 また製造業は、今回の調査で最も悲観的な見通しを示した業種の1つだった(第2章を参照)。

■中堅企業:3つのタイプ

 日本の中堅企業は、事業規模に応じて3つのカテゴリーに分けることができる。
 日本経済全体の傾向と同様に、小規模中堅企業(年間売上高が100億円未満)は最も多く、全体の88%に上っている。
 本報告書では、中堅企業を小規模・中規模・大規模という3つのカテゴリーに分類した(各グループの定義と特徴については表1.8を参照)。


 各カテゴリーの比較により明らかとなった興味深い点の1つは、規模の経済性がもたらす収益率の差だ。

 大規模中堅企業(平均年間売上高700億円)では、平均収益率がほぼ5%と、他のグループに比べて高い。

 第2章で後述するように、近年の業績と今後の見通しに関する中堅企業のセンチメントは、事業規模によって大きく異なっている。
 例えば大規模中堅企業は、近年の景気低迷がもたらすマイナスの影響に対して、より柔軟な対応力を示した。
 2012年には、このグループに属する企業の50%が収益の拡大に成功している。
 一方、小規模中堅企業ではその割合が38%にとどまった。

 また3つのグループには、事業戦略や適性という意味でもある程度異なった傾向がある。
 例えば小規模中堅企業には、ニッチ市場をターゲットとするケースがより多く見られた(このグループのほぼ半数)。
 しかし小規模企業は、自社のイノベーション能力に対する評価が比較的低いようだ。
 今回の調査では、「自社は革新的な新製品やサービスを開発している」という記述に同意しない小規模企業の回答者が、同意した回答者を大きく上回った。

 一方、大規模中堅企業(年間売上高500億~1000億円)では、自社のイノベーション能力に対する肯定的な回答が最も多かった。
 また市場機会を捉える能力や、変化への対応能力に関しても、同様の傾向が見られる(表1.9参照)。


 しかし小規模中堅企業は、イノベーションの新たなトレンドを最大限活用できる柔軟性を持ち合わせていることが多い。
 東京大学大学院で教授をつとめ、21世紀政策研究所(経団連のシンクタンク)の研究主幹として中堅企業のイノベーションに関する報告書を取りまとめた元橋一之氏は、外部企業や学術機関との連携をつうじたオープンイノベーションの推進という面で小規模中堅企業が果たす役割の重要性を指摘している。

 「高度な技術力を持つ中堅企業が、ネットワーク型イノベーションの推進に果たす役割は大きい」
と元橋氏は言う。
 また同氏は
 「大企業と比べてリソースが限られている中堅企業は、イノベーションに対する目的意識が明確なため、より効率的にアウトプットを行う傾向が見られる」
と指摘している*3。

*3=この点に関しては、下記報告書を参照:元橋一之 他著「外部連携の強化に向けて – 中堅企業に見る日本経済の新たな可能性」 21世紀政策研究所、2012年6月(同報告書では製造業を主な研究対象に、年間売上高1億〜10億円の企業を中堅企業と定義している)

 日本の中堅企業は、規模や業種などによって様々な特色が見られる。EIUは、多様な見方や傾向を理解するため、日本全国の中堅企業に所属する経営幹部約1000名を対象としたアンケート調査を実施した。
 同調査では、業績や景況感、成長に際して直面する課題への対応能力、海外展開の計画といったテーマに沿って質問が行われた。
 こうしたテーマに関する調査の分析結果は、第2~4章でそれぞれ明らかにされる。

 また第5章では、成功を収める中堅企業の戦略・経営について検証を行う。
 今回の調査によって浮き彫りになったのは、柔軟な対応力を備え、安定した事業基盤を持ちながらも、国内市場の先行きに不安を感じ、海外展開を視野に入れているという中堅企業の実像だ。

(第2章は明日へ続く)



JB Press 2013.07.23(火)  Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38263

中堅企業の目に映る日本経済の今
英EIU報告書(2)~日本の中堅企業 その競争力と成長の条件

■国内経済の見通し

 主要海外市場での需要低迷による輸出企業の収益減少や、競合国の台頭による市場競争力の低下、対中外交関係の悪化など、日本経済は世界金融危機の発生後、国外で様々な課題に直面してきた。
 また国内でも、デフレや政治的混乱や未曾有の大震災をはじめとするマイナス要因に直面した。

 日本のGDPは、世界的な景気低迷のあおりを受けた2009年の翌年に4.7%の回復を見せたものの、2011年には実質GDPが0.5%のマイナス成長を記録。
 復興需要の後押しを受けたにもかかわらず、2012年の成長率も1.8%にとどまり、年末にかけて過去5年に3度目となる景気後退の懸念が広まった(表2.1参照)。



 しかし、新たな自民党政権が掲げる経済政策などを背景に、2013年に入ると国内では楽観的ムードが強まった。

 緊急経済対策や日本銀行によるデフレ対策のさらなる強化、様々な構造改革など、政府が打ち出した一連の経済政策(いわゆる“アベノミクス”)は、過去数十年に例を見ないほど市場の期待感を高めている。

 これまで輸出企業の頭を悩ましてきた円高は、2012年11月から2013年5月の間に見られた対ドル為替レートの27%下落により大幅に改善され、日経平均株価も今年最初の4カ月で37%上昇した。
 これにより、日本経済の先行きには明るさが戻ったように見える。



 だが、EIUによる予測では実質GDP成長率がわずか1.2%にとどまるなど、マクロ経済分野での2013年の見通しはそれほど明るいものではない。

 中国との緊張関係や、政府の新たな景気刺激策が膨大な財政赤字に与える影響など、依然として大きな懸念材料も残っている。またアベノミクスがもたらした市場の楽観ムードは、今回の調査結果に反映されていない。

 しかしEIUが作成した「国内中堅企業の景況感指数」によると、国内中堅企業は今後の業績や経済動向に関し、過去数年よりも楽観的な見通しを持っている。

■主要な調査結果

【良好な収益見通しは中堅企業の柔軟な対応能力を反映】

 今回の調査結果によると、日本の中堅企業は企業全体と比べて優れた業績を上げているようだ。中堅企業による2011年の平均収益は、損益分岐点である指数100を下回るレベルまで低下した。しかし、2012年には100をわずかに上回るところまで回復し、2013年の収益予測指数は103.3まで上昇している。この背景の1つとして考えられるのは、新政権の積極的な経済政策に対する好感ムードだ。

 また中堅企業は、日本企業の中でも非常に柔軟な対応力を持っているようだ。今回調査の対象となった企業幹部の多くは、過去3年間の自社製品・サービスに対する需要(そして業界全体の景況)が経済全体の傾向と比較して良好だったと考えている(表2.3参照)。



 これは、全ての指標が100を下回るマイナスとなっていることを考えても興味深い結果だ。第1章で明らかにしたように、2008~10年に中堅企業が上げた収益の平均値は大企業を上回るものだった(名目平均値は大企業・中堅企業共にマイナス値)。上述の結果は、こうしたトレンドに沿ったものだろう。

<<<<<
■国内中堅企業の景況感指数:調査方法について■

 国内中堅企業の景況感指数は、今回EIUが実施したアンケート調査の結果から作成したものだ。
 同調査では回答者に対して、収益や雇用水準など数値化可能な業績評価指標が過去3年に増加・減少したのか、あるいは2013年に増加・減少するかといった質問への回答を求めた。
 さらに、総需要や市況、業界あるいは経済全体の景気動向などの質的要因が過去3年に改善したか悪化したか、2013年にどのように変化するかといった質問も行った。

 調査対象者は、こうした全ての設問に1から5の5段階評価で回答している(1=大きく改善(増加)、2=ゆるやかに改善(増加)、3=変わらない、4=ゆるやかに悪化(減少)、5=大きく悪化(減少))。

 この調査結果から1年毎に単一の指数を導き出すために、1から5までの数字を選択した回答者の割合にそれぞれ1.5・1.25・1・0.75・0.5を掛け、その結果にさらに100を掛けた数値を求めた。
 例えば100以上の指数[最大150]は、その年の(例えば成長に関する)センチメントがプラスであったことを示している。
 また100以下の指数[最低50]は、ある項目に対するその年のセンチメントがマイナスであったことを示している(例えば景気後退など)。

 標準的な調査方法によって導き出されたこれらの指数は、サブグループごとに比較可能だ。
 ただし、2010~12年までの指数が実際のパフォーマンスから導き出された値であるのに対し、2013年の指数は同年1月時点での予測であることに留意されたい。
 今回の調査結果では、2013年に関する指数の多くが、予想に反して大幅なプラスになっている。
 この理由の1つとして考えられるのは、調査対象となった経営幹部の多くが、今後の見通しに対して希望的観測を行っていることだ。
>>>>>


【輸出収益は増加の見込み】

 今回の調査結果によると、輸出を行う中堅企業(全体の42%)は2013年の業績見通しに楽観的で、海外収益指数(104.2)が国内収益指数(102.6)を上回った(表2.4参照)。
 この結果の理由の1つとして考えられるのは、2011~12年のほとんどの期間で、競合国の通貨(特に韓国ウォン)と比べた日本円の割高感が強かったことだ(表2.5参照)。



 しかし、日本銀行にさらなる金融緩和を求める政府の圧力が強まったことなどを背景に、円が調査実施直前の数週間で大きく下落した。
 楽観ムードの背景には、この円安傾向によって国内企業の輸出競争力が向上したことがあると考えられる。

【雇用水準は横ばい状態】

 しかし中堅企業の収益増加が、雇用拡大につながる見込みは低いようだ。
 2012年を通じて雇用水準は大きな変化を見せておらず、2013年も横ばい状態が続く可能性は高い(指数100.8)。
 これは、2013年は有能な人材の新規採用を重点的に行うとした回答者が全体の47%に上ったという調査結果と相反するものだ(重点的に行わないとした回答者は9%)。

 有能な人材の新規採用が重点事項であるかないかにかかわらず、中堅企業の雇用水準が大幅に改善する可能性は低い。
 仮に期待に見合った収益拡大が実現しても、この傾向は変わらないようだ(表2.6 )。



【資金調達環境は改善の兆し】

 外的要因が及ぼす影響に関して、中堅企業による2013年の見通しは控え目だ。
 2011~12年のセンチメントと比較すると改善が見られる。
 しかし競争・規制環境が2013年をつうじて変化しない、あるいは悪化すると答えた調査対象者は、依然として半数を超えている(表2.7参照)。

 一方で、資金調達環境に対するセンチメントには明らかな改善の兆しが見られた。
 2012年・2013年の両方で、楽観的な回答者がそうでない回答者の割合を上回っている(指数は101.8から103.9に上昇)。

 今年3月の中小企業金融円滑化法の失効を考えれば、これはある意味で予想に反する結果だ。
 2009年12月に施行された同法は、中小企業が返済期間延長や利息軽減といった形で返済負担の軽減を要請した場合に、可能な限り貸付条件変更の努力を行うよう金融機関に求める法律だ。
 小企業だけでなく、同法の恩恵を受けた中堅企業も少なからず存在することが想像できる。

 今回調査を実施したのは、同法の失効が目前に迫る時期だったが、新たなマクロ経済政策により資金調達環境の改善を期待するムードが広まったのも確かだ。
 日本では超低金利が長年続いているものの、実質金利はデフレによる高止まりの状態にある。

 しかし2013年に入り、日本銀行がさらなる量的金融緩和政策やデフレ対策強化の姿勢を打ち出したことで、市場の期待感は急速に高まっている。
 今後の資金調達環境について、中堅企業がより楽観的な見方を示しているのはこのためだ。

【製造業は今後の見通しに悲観的】

 調査参加企業で全体の24%と最も多くの割合を占めた製造業は、2011~12年にかけて最も大きな業績低迷を経験したグループだ。2013年の見通しについても、最も悲観的な見方を示している。

 2010年に98だった製造業の平均年間売上高指数は、2011年には96、昨年は93と継続的に下落している。

 2013年の見通しに関しては98.6とやや上向きの傾向も見られるが、依然として収益低下を予想する回答者が半数を上回っている。製造業は2013年の指数が100を下回った唯一の業種だった(表2.8参照)。



 これは、ある意味で予測可能な結果だといえるかもしれない。
 過去3年間、日本の製造業は様々な困難に直面してきた。
 特に円高が続いたことで、輸出競争力は大きく削がれる結果となっている。

 また製造業の中堅企業は、他業種と比較しても海外市場への依存度が高い。
 海外市場で収益を上げる中堅企業は全体の42%であるのに対し、製造業では59%に上っている。
 また今回の調査では、収益全体の10%以上を海外市場で上げている中堅製造業が全体の37%に上る一方で、中堅企業全体ではその割合が26%にとどまった。

 しかし、直接輸出による収益の落ち込みは理由の1つにすぎない。
 日本の中堅製造業の多くは、(例えば自動車産業など)多くのセクターで大企業のサプライヤーとして機能している。
 円高や中国など一部主要市場での反日感情の高まりを背景に、大企業の輸出が近年落ち込んだことで、中堅企業が大きなあおりを受けた可能性は高い。

 しかし海外市場で収益を上げる企業の半数以上が、輸出環境に関して楽観的な見通しを示していることは好材料だ。
 製造業では依然として100を割り込んでいるものの、海外収益に関する2013年の指数は全体で102.4とプラス値になっている。

【最も良好な業績を上げ、
今後の見通しに楽観的なのはヘルスケアセクター】

 製造業とは対照的に、国内中堅企業の中で最も楽観的な見通しを示したのは、ヘルスケア・製薬・バイオテクノロジー業界だ。
 同セクターに属する企業の総収益指数は、過去3年連続でプラスとなっており、2013年も収益の伸びを予想する回答者が半数以上を占めた。

 今年の指数は107と金融サービスや建設・不動産業界と並んで最も高い値だが、2012年・2011年の指数(109・112)に比べると若干見劣りする。
 しかし、楽観的な見方を示した回答者が半数を大きく上回っている点は変わらない。

 こうした楽観ムードは、基本的に国内経済の状況を反映するものだ。
 急速に進む人口の高齢化やイノベーション・投資促進に向けた政府の施策を背景に、同セクターは最も有望な成長分野の1つとなっている。
 このことは、自社製品・サービスに対する需要の伸びを期待する中堅企業の多さからも明らかだ。
 製造業の指数が99だったのに対し、同セクターでは108となっている。

 またヘルスケア・製薬・バイオテクノロジー分野では、2012年の厳しい状況と比べ今年の競争環境が改善するという見方を示した回答者が最も多かった。

 雇用水準の分野では、同業界とその他業界の差が特にはっきりと現れている。
 ヘルスケア・セクターでは、過去3年間の指数が連続して108を上回っているのに対し、他のセクターが記録した最高数値は104にとどまった(表2.9参照)。



 2013年に有能な人材の新規採用に力を入れると答えた同セクターの回答者は約60%で、全体平均の47%をはるかに上回っている。

 また、
 「当社は自社でキャリアを全うする若い人材の育成に真剣に取り組んでいる」
という記述に同意した回答者も、同セクターでは約52%に上っている(全体平均は41%)。

<<<<<
■オンコセラピー・サイエンス:独自の道を切り拓くために■

 オンコセラピー・サイエンスは、東京大学医科学研究所から派生した創薬ベンチャー企業で、ヒトゲノム解析をベースに副作用の少ないガン治療薬の開発を専門に行っている。
 2011~12年度に約63億円の売上を予想する同社は、2003年に東証マザーズへ上場。
 自ら治験は行わず、自社が開発するガン治療新薬の製造・販売権を製薬会社に供与するというモデルに基づいてビジネスを展開している。
 これまでのところ、ライセンス供与の対象は日本企業に限られているが、海外の製薬企業とも現在交渉を行っている。

 同社が本社を構えるのは、神奈川県を含む官民の共同出資によって設立され、主に創業まもないベンチャー企業の拠点となっている「かながわサイエンスパーク」(川崎市)だ。
 同社の代表取締役社長をつとめる角田卓也氏によると、中堅企業が対象となる金融支援策も存在する。
 しかし、あまりに数多くの義務や制限事項があるため、実際にこうした支援策を活用することはきわめて難しいという。

 「例えば政府や自治体から支給された助成金は、3月の年度末までに全て使い切らなければならない。
 もし助成金から利益が上がれば、速やかに返納する必要がある。
 我々が必要としているのは、研究活動に再投資できるような資金だ」
と角田氏は語る。

 他の中堅企業やベンチャー企業と同じく、オンコセラピー・サイエンスも有能な人材の確保という課題に直面している。
 しかし日本最高の学術機関の1つである東京大学と共同研究を行っているため、同学の人材を比較的雇用しやすい環境にある。
 角田氏によると、バイオテクノロジー企業ではテストで高い点数を獲得する能力よりも、既成概念にとらわれない発想力が重要になることが多いという。

 同氏は、パイプラインと成長力強化に向けたM&Aを視野に入れている。
 しかし「大企業」になることには関心がなく、今後も革新的治療薬の開発企業という立場でビジネスを行う意向だ。
 同氏によると、日本のバイオベンチャーが直面する問題の1つは、大企業へと成長を遂げたロールモデル(手本)となるような企業が存在しないことだ。
 「我々は政府の手を借りずに、他企業の手本となるような企業を目指したい」
と同氏は語る。
>>>>>

【建設・不動産セクターも今後の見通しに楽観的】

 今後の見通しに楽観的なもう1つのセクターは、2013年の総収益予測で2番目に高い指数107.7を記録した建設・不動産業界だ(1位はヘルスケア・製薬・バイオテクノロジー業界)。
 また同セクターに属する中堅企業は、業界を取り巻く2013年の環境についても指数106と、ヘルスケアセクターを上回る最も楽観的な見通しを示している。

 しかし復興需要の後押しにもかかわらず、過去3年間の市場環境に関して「悪化した」と考える回答者は「改善した」と考える回答者を大幅に上回った。

 同セクターで見られる楽観ムードの背景の1つとして考えられるのは、自民党の政権復帰という短期的な要因だ。
 建設・不動産業界は、歴史的に見ても自民党と密接なつながりを持っており、先の総選挙で同党が大勝したことがセンチメントを改善させた可能性は高い。
 1月に政府が発表した10.3兆円規模の緊急経済対策では、予算のかなりの部分がインフラ整備や建設などの公共事業に充てられている。

 こうした背景を考えれば、建設・不動産業界が今年の雇用拡大に積極的なのは当然のことかもしれない。
 雇用水準に関する同業界の指数(104)は、ヘルスケアセクターに次いで2番目に高い値となっている。

【金融・専門的サービス業界は海外収益の持続的な伸びを予測】

 今回の調査結果によると、海外市場で収益を上げる中堅企業は、全体として今年の輸出収益の見通しに楽観的だ(最近の円安傾向が理由の1つであることは間違いない)。

 最も楽観的な見通しを持っているのは、調査対象企業のうち35%が海外で収益を上げる金融・専門的サービス業界だ。

 非常に好業績だった昨年の数字には見劣りするものの、2013年の指数は107で、海外収益の拡大を予想する回答者が半数を大幅に上回っている(表2.10参照)。



 同業界は過去数年、(例えば製造や小売など)他業界の輸出企業よりも優れた業績を上げているようだ。
 その理由の1つとして考えられるのは、日本の大企業が積極的にM&Aを行ったことだ。

 2012年初頭からEIUがアンケート調査を開始した12月中旬にかけて、日本企業は489社の海外企業を買収している(1990年の463件を上回る記録)。
 M&Aアドバイザリー企業レコフのデータによると、買収総額は6.89兆円(約80億米ドル)と過去3番目に多い。
 それぞれの案件には金融・専門的サービス企業が関与するため、海外案件の支援能力を持つ中堅企業が恩恵を受けた可能性は高い。

【小規模中堅企業のセンチメントは比較的低調】

 近年の業績や今後の見通しに関する小規模中堅企業(年間売上高10億~100億円)のセンチメントは、より規模の大きな中堅企業と比べて低調だった。
 この結果は、日銀短観をはじめとする景況調査と同様の傾向を示している。

 またEIUの調査結果では、大規模中堅企業(500億~1000億円)による2012年の指数が、中規模中堅企業(100億~500億円)を下回った。
 しかし大規模企業は2013年の見通しにより楽観的で、総収益に関する指数(109)は小規模・中規模企業(約102)を上回っている。

【新興企業の見通しはより楽観的】

 創業10年以内の新興中堅企業とそれ以上の歴史を持つ中堅企業を比較すると、前者は今年の見通しについてはるかに楽観的で、2012年の業績も大幅に上回っている(表2.11~2.14参照)。



<<<<<
■ライフネット生命:成熟市場がもたらす機会■

 2008年に創業したライフネット生命は、日本に戦後初めて誕生した独立系生命保険会社だ。
 日本の生命保険市場では、世帯加入率が約90%に達しており、膨大なリソースを持つ老舗大企業が圧倒的なシェアを誇っている。
 一見すると、新規参入企業に有利な条件が整っているとはいいがたい環境だ。

 しかしネット専業の生命保険会社である同社は、革新的なビジネス戦略をつうじて急速な成長を実現している(2012年12月31日現在の保有契約に基づく年換算保険料は約63億円)。

 同社の共同創業者で現在代表取締役社長をつとめる出口治明氏によると、日本経済が低迷する中で「低廉な価格の保険商品に対する需要は(特に若者世代で)大きい」という。
 このニッチ市場を開拓するため、同社はインターネットを主な販売チャンネルとし、保険価格を大幅に引き下げるとともに、ネット利用率の高い若者世代をメインターゲットに据えた。
 出口氏によると、同業界の既存大企業は「急速な経済成長と人口増加を背景に、膨大な販売ネットワークをつうじて高価な商品を販売するという20世紀のビジネスモデルに未だに依存している面がある」という。

 世帯加入率90%と飽和状態にある生保市場の現状にも関わらず、同社は先行きに楽観的な見通しを持っている。
 出口氏によると、
 「当社の契約件数は約17万件で、顧客数にすると約10万人だ。
 しかし、今年の新成人が約120万人いることを考えれば、ごくわずかな値に過ぎない」
という。
 「当社にとって、日本の生保市場はブルーオーシャンだ」
と同氏は語る。
>>>>>


 新興企業の楽観ムードは、国内・海外収益、所属業界全体の動向、自社製品・サービスへの需要といった分野でも明らかだ。
 また規制・競争環境や、(歴史の長い企業が優位だと考えられる)資金調達環境などの外的要因についても、新興企業ではより楽観的なセンチメントが見られた。

 しかし新興中堅企業の楽観ムードについては、いくつかの点に留意する必要がある。
 その1つは、こうした調査の結果が、比較的小さなデータセットの傾向に基づいていることだ。
 調査対象企業に占める新興企業の割合は、7.3%と少数にとどまっている。
 また新興企業・産業では収益の増減幅がより大きいため、楽観的な見通しが現実を反映しているとは限らない。

 (大企業になるのではなく)中堅企業としての規模を維持する企業で、急速な成長を遂げる見込みが低く、非常に楽観的な見通しを持つ経営者の数も少ないのはある意味自然なことだ。
 しかし創業50年以上の企業は、2013年を通じた日本経済全体の先行きに最も明るい見通しを持つ傾向が見られた。

 この結果は、自民党の政権復帰に対する楽観ムードを反映しているのかもしれない。
 戦後の自民党政権下で創業した中堅企業の経営者にとっては、同党の返り咲きが期待感を抱く要因になっているのかもしれない。

【地方の中堅企業にはより悲観的な傾向が見られるものの東北企業のセンチメントは改善の兆し】

 日本銀行による最新の地域経済報告[さくらレポート]によると、北海道は地方の中で唯一、景気低迷から脱却の兆しを見せている。
 しかし同地域を拠点とする中堅企業のセンチメントは楽観的とは言いがたい。
 北海道と九州・沖縄は、今回の調査で2013年の収益予測指数が100を下回った(つまり悲観的な見方が優勢な)唯一の地域だった。

 一方、東北地方を拠点とする中堅企業の景況感には、好転の兆しが見られるようだ。
 東日本大震災の被災地であるという明白な理由もあり、東北企業のセンチメントは楽観的とはほど遠い状態で、2012年の収益・雇用水準指数では最も低い数値を記録している。

 しかし企業のムードは最悪の状態から好転しつつある。
 同地方の中堅企業は、2012年の国内収益指数で最高の値を記録し(107.4)、総収益の分野でも2番目に高い指数(106.1)を示した。
 また、2013年の資金調達環境についても110.8と非常に楽観的な傾向が見られ、2番目に高い関西地方の指数(104.8)をはるかに上回っている。

(第3章は明日へ続く)

====================
■PDFのダウンロードについて■
本報告書は以下よりPDFでダウンロードできます:
●日本の中堅企業~その競争力と成長の条件
====================




JB Press  2013.07.24(水)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38264

成長へ向けたチャレンジ
英EIU報告書(3)~日本の中堅企業 その競争力と成長の条件



JB Press 2013.07.25(木)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38274

海外展開が中堅企業にもたらす課題
英EIU報告書(4)~日本の中堅企業 その競争力と成長の条件



JB Press 2013.07.26(金)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38275

優良中堅企業の成功の秘訣
英EIU報告書(5)~日本の中堅企業 その競争力と成長の条件




【気になる-Ⅴ】


__