2013年8月5日月曜日

誰か世界を止めてくれ:英国が飛び降りたがっている――

_


JB Press 2013.08.05(月)  Financial Times
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38386

世界に対して門戸を閉ざす英国
(2013年8月2日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

世界を止めてくれ。英国が飛び降りたがっている――

 2012年のオリンピックは、多様性を祝う輝かしい祭典だった。
 ロンドンは、他の追随を許さない世界的なハブであることを示した。
 オリンピックに出場した自国のヒーローたち
――モハメド・ファラーやジェシカ・エニスのようなアスリート
――は、英国人気質が持つ新しい包容力のあるものの見方を証明した。
 これは当時の話だ。

 あれから1年、英国の政界ではドアがバタンと閉まる音が響き渡っている。
 外国人に対するメッセージは悲しくなるほど単純だ。
 来るな、というものだ。

■「外国人は来るな」

 デビッド・キャメロン首相率いる保守党は、英国が欧州との関与を断つことにつながりかねない国民投票を約束している。

 こうした保守党内の欧州懐疑派が1つの選択肢を示した時代もあった。
 欧州を見限り、世界に目を向けるという選択肢だ。
 もはやそれもなくなった。
 バリケードは、ありとあらゆる人に対して築かれようとしている。
 旅行者、学生、企業幹部――。
 誰もが不法移民の志望者というわけだ。

 国境警備を担当する部局である内務省は先日、政府の政策の原動力になっている性質の悪いポピュリズムの片鱗を見せた。
 広告用掲示板を乗せたトラックが民族的に多様なロンドンの各地域に配備された。
 そのメッセージは何か? 
 不法移民は「国に帰るか、さもなければ逮捕されることになる」というものだ。

 連立政権のジュニアパートナーである自由民主党は、この取り組みは馬鹿げており侮辱的だと抗議した。
 首相官邸はそれにも動じず、このキャンペーンが全国的に展開されるかもしれないと述べた。

 内務省は、「リスクの高い」国々からの旅行者に対し、英国に入国するために「3000ポンド」の預託金の支払いを求めることも計画している。
 その目的は「(ビザの期限を越えた)長期滞在」を抑制し、旅行者が医療を必要とする場合のコストを回収することだ、と内務省は話している。

■「白人」の多い国は対象外

 対象となった国は、
 インド、ナイジェリア、ケニア、パキスタン、スリランカ、バングラデシュだ。
 こうした国々は、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった圧倒的に「白人」が多い国が免除されていることに気付いている。

 もっと身近なところでは、
 ルーマニア人とブルガリア人の入国を制限
することも政府は約束している。
 こうした欧州連合(EU)諸国の国民は、暫定的な制限が来年終了する時にEU域内を自由に動けるようになる。 

 英国のタブロイド紙は既に、多数の「給付金目的の旅行者」に関するホラーストーリーに満ちている。
 移民の方が英国人より福利厚生を要求する可能性が小さいことは、この際気にしないらしい。

 政府は、ポピュリストたちの大衆受けを狙っている。
 首相は、かつて自身のトレードマークにしていた「大きな社会」の包括性を放棄してしまっている。
 苦境に喘ぐ英国独立党の国家主義者たちは、右派の間で保守党を出し抜いた。
 景気低迷と緊縮財政が国民の不満をかき立てている。
 キャメロン首相はかつて、英国独立党の支持者を「隠れ人種差別主義者」と呼んだが、今は彼らの機嫌を取っている。

 被害妄想の空気をかき立てているのは、マイグレーション・ウォッチUKのような圧力団体だ。
 この組織のトップを務める元外交官のアンドリュー・グリーン氏は、今世紀後半には「白い英国人」(グリーン氏の表現)が少数派になる可能性があるとする論文を引き合いに出す。

 「だから何なのだ?」と言う人もいるだろう。
 ファラー選手やエニス選手――1人はソマリア出身で、もう1人は部分的にカリブ人の血を受け継いでいる――が大声援を受けた時、英国が国のアンデンティティーの目印として肌の色を置き忘れてきたというのは、もっともな想定のように思えた。

 2人が金メダルを取った時、彼らは「茶色い英国人」だと不満の声を聞いた覚えは筆者にはない。
 だが悲しいかな、そうした勝利の喜びが、イングランドのホームカウンティー(ロンドン近郊の諸州)にあるサロンバーの外国人嫌いに風穴を開けることはなかった。

■正確な数字も把握できないめちゃくちゃな移民政策

 英国は、理にかなった効果的な移民政策を切に必要としている。
 人々は、制度が公正で効率的であり、地域社会にとって不当に破壊的でないことを望んでいる。
 最後の労働党政権は、EU加盟後の旧共産国からの入国者の数をあきれるほど過小評価した。
 門戸開放政策が甘い管理と相まって移民が制御不能になったという見方が広がった。

 だが、現政府にとっては、道徳の危機的状況とポピュリスト的なジェスチャーが、制度を掌握できない自らの失敗から注意をそらすものになっている。
 そして、非常に多くのやる気のない不適格な若者を生み出している国内教育制度の失敗に対処するよりも、移民が職に就いていると非難する方がどれだけ簡単なことか分からない。

 つい先日、英議会のある委員会は、正式な移民の数がどのみち「推測」に基づいていると話していた。
 出国する訪問者に対するパスポートやビザのチェックがない状態では、それもほとんど驚くには当たらない。

 こうした推測によると、正味の移民の数は非常に急速に減少しているという。
 これは恐らく本当だろう。
 だが、減少は、もっぱら外国からの留学生に対する取り締まりに反応したものだ。

 カナダや米国、オーストラリアといった国々は、大半が帰国するという明白な理由から、学生を永続的な移民とは見なしていない。
 一方、英国のビザ制度は混迷を深めており、ロンドンのヒースロー空港での入国管理は目を覆うばかりで、30万の亡命や移民の案件は未解決のままだ。

 正味の移民の数を数万人台前半まで減らすという公式目標は矛盾だらけだ。
 この目標は、どれくらいの数の英国人が引退してスペインの太陽の下へ移住するかによって、ブラジルや米国からの入国者の数が増えたり減ったりすると想定している。
 ポーランド人の配管工が帰国すれば、英国はより多くのインド人技師を受け入れることができる――そしてその逆もしかりだ。

■国家としての自信喪失

 このような愚かさの向こう側には、はるかに大きな問題が横たわっている。
 英国はかつて、進歩的で開かれた国際制度の擁護者だった。
 今は、世界に対して、自らを恨みがましい犠牲者として定義し直している。
 欧州から手を引いたり、移民を禁止したりしようとする動きは、国家の自信が崩壊していることを物語っている。

 そして、その経済的結末は壊滅的なものだろう。
 まともな考えを持った、例えば、中国、インド、ブラジルの一体どんなビジネスリーダーが、彼らがEUにアクセスするのを拒み、自国の人々を歓迎されない客だと言っている国に投資するだろうか?

 英国は今まさに飛び降りようとしているかもしれないが、それでも世界は回り続けるのだ。

By Phillip Stephens
© The Financial Times Limited 2013. All Rights Reserved. Please do not cut and
paste FT articles and redistribute by email or post to the web.




【気になる-Ⅴ】


__